[ジャワの歴史と文化] コンテンツ概要

 

I. 社寺の守護神

本稿は,ジャワ随筆(Java Essay: The History and Culture of a Southern Country Troubador Publishing, Leicester, UK, 2015) の補遺として,7世紀半ばー15世紀のヒンヅー/仏教時代のジャワに建てられたチャンディ(古代宗教建造物)に,それらを守護する願いを込めて付された様々の装飾彫刻について記すことを目指したものである。具体的には,以下を含む。

1. カーラ面とマカラ,

2. 建物を支える人像またはアトラス,

3. ドゥワラパーラまたは仁王像,

4. 獅子像。

日本の社寺に見られる類似の装飾物についても言及する。

 

1. カーラ面とマカラ

カーラの頭(現地語 Kepala Kala)は,モンスターの頭を意味し,シヴァ神の命で自分の四肢と胴体を喰い尽してキルティムカ―(Kirtimukha,栄光の顔)の称号を与えられ,シヴァ寺院の戸口に常に留って闖入者を見張るように命ぜられたヒンヅー神話の怪物に由来する。

    マカラはヒンヅー教における架空の水棲動物であって,水の女神ガンガ・マあるいは海神ヴァルナの乗物または愛の神カマデワの象徴とされる。マカラは時に奇妙な生物を口から吐出そうと,あるいは呑込もうとしている風に描かれている。

    インドにおけると同様,キルティムカ―もマカラもジャワでも受入れられ,特に両者が結合されたカーラマカラモチーフの形で,7世紀半ばにディエン高原に建設されたチャンディを嚆矢とし,その後も中部ジャワのクドゥ盆地およびプランバナン平野に建てられた寺院にも採用された。

    指摘されるべき一つの事柄は,プランバナン寺院コンプランバナンレックスにおいて「ライオンの頭」が出現して伝統的なカーラの頭に取って代わったことである。ライオンの頭はマラン,クディリ,ブリタルといった東ジャワのチャンディでも使われたが,マカラは何故か重視されなくなった。筆者が東ジャワでマカラを見た唯一の寺院であるチャンディ・キダルのマカラは口に中に生物がなかった。

    日本では鬼面を彫った棟端瓦「鬼瓦」が初めて現れたのは8世紀初めに建設された東大寺においててあった。これはインドからの渡来僧で大仏建立に尽した四聖の一人でもあった菩提遷那から教えられて,キルティムカ―が模されものと筆者は仮説し,爾後数多の日本の寺院,また一般の建物にもにも採用された鬼瓦をも調査した。加えて,魚の尾を模した鴟尾や魚全体の姿を象った鯱,ならびにシナ(福建)由来の摩伽羅についても調べた。

 

2. 建物を支える人像またはアトラス

ギリシャ神話のアトラスはオリンポスに刃向って,怒ったゼウスから地球を肩に担ぐよう,あるいはホメロスに依れば天地を隔てる柱を支えるよう罰せられたタイタンのひとりである。彼の姿はガンダーラにおいて仏教寺院を支える剛の者として彫刻され,ジャワにはヒンヅー時代初期に採用されて寺院の上部あるいは入口の柱を支えるように配置された。そのデザインは,筆者が観たところ,様々であった。

    日本においては鬼あるいは動物の彫物が,西暦607年創建の最古の寺院である法隆寺ほかの寺院に,屋根を支える束として梁上に置かれ,「隅鬼」と称せられた。後の時代には,建築構造を支えるもののほかに,燈籠の火袋,香炉,天水受けのような重量物を肩に担ぐ彫像が登場した。17世紀初頭に始った江戸時代には隅鬼に取って代って,力士または力神を象った彫像が現れた。とある神社(上州上河内羽黒山神社)では,本殿の土台を支える風に左様な像が置かれた。斯様な彫刻を作った彫師は,オランダ人によって持ち込まれたメルカートル地図帳に描かれたギリシャのアトラスを模倣したものと筆者は想像する。

 

3. ドゥワラパーラまたは仁王像

ガンダーラではギリシャ神ヘラクレスが仏陀の守護たる執金剛神として採用され,彫像がドゥワラパーラ(門衛)として用いられた。ジャワにおいては,ドゥワラパーラはサイレンドラ朝の最盛期に建てられたチャンディ・セウ(782AD)や チャンディ・プラオサン(780s AD)のような仏教寺院の参道に置かれた。ギリシャのヘラクレスと異って丸々と太った此処のドゥワラパーラ像は恐らくラクササ(羅刹天)のイメージを彫ったものと謂われているが,それらが執金剛神を具現したものであることは,同神の特別の持物である闖入者を打つための棍棒と縛るための縄またはナガ(蛇)を武器として持っていることから明らかである。これに似たドゥワラパーラはチャンディ・シンゴサーリ(1268 AD)およびマジャパヒト王国の国家寺院であったパナタランのヒンヅー・仏教複合寺院(14世紀)にも受継がれた。新マタラム王国の樹立後には,イスラム教の普及後無視されていた古い時代のヒンヅー・仏教文化が再び尊重され,ドゥワラパーラやカーラ面がソロおよびジョクジャカルタも王宮に採用された。バリの1ヶ寺(プラ・プセー,1022 AD) のドゥワラパーラはジャワのものと異って,魔女ランダを模ったものであった。

    日本では,筋肉質の力士を象った“仁王”と呼ばれる執金剛神が最初に奈良の法隆寺に造られ,これに似たデザインのドゥワラパーラが他の寺院にも広まった。名工運慶および慶派作の東大寺南大門の仁王像は最高傑作と評せられている。

 

4. 獅子像

百獣の王ライオンに神殿の守護を託すアイデアは古代アッシリアおよびギリシャで現れた。獅子像を仏教寺院の門番に採用したのは多分ガンダーラに始り,インド周辺,特にスリランカに広まった。ジャワには数多の仏教寺院が遺るが,筆者の見た限り,ライオン像門番はボロブドール寺院のみに存在する。南面中央階段下の地面に見られた最良の一対は,怖い雰囲気と云うより,丸い眼,ふっくらした頬,驢馬のものに似た鬣を持つ愛らしい表情を呈していた。地上にある他の数点の像ならびに上階に見られる2,3点は似通ってはいるが,出来は劣っており,それらの配置は寧ろ不規則的であった。この事実から,筆者は,獅子像は寺院の最初のプランにあったのではなく,後に加えられたかも知れないと想像した。像の特徴,就中丸い眼と首周りの巻き毛はスリランカ・ヤーパフワ城のものに酷似し,デザインがスリランカ由来のものであったことを想わせる。ボロブドールのものに似た獅子像がチャンディ・ロロ・ジョングラン寺院群のチャンディ・シヴァおよびチャンディ・ナンディ基壇の外壁を飾る,所謂 “プランバナン・モチーフ” に見られることは付言すべきであろう。

    日本における最古の獅子像は東大寺南大門背面にある一対で,寺史に依れば南宋から来た4人の作家によって寧波から輸入した石材を用いて製作されたとされる。それらは所謂唐獅子を模したものである。平安時代(794-1192 AD)に入ると獅子狛犬が出現し,一般的となった。16世紀頃,建物の梁上または天井にあって侵入者を見張る獅子や獏(空想上の動物)を模した小型の彫刻が創作された。

 

 

II. ジャワ史沿革

ジャワ史概観

拙著『ジャワ探究:南の国の歴史と文化』に基き,西暦1世紀以降,近代に至る期間にジャワ島内に出現衰退した王国の歴史を,多少なりとも文化面に力点を置いて俯瞰する。筆者は特に以下を強調したい。

 (1)

宋書の中に呵羅單國と記述され,初期の研究で ‘Holotan’ または ‘Karatan’ と発音された国は

史家の間で疑問となっていた。中華系の友人から原音は ‘a-ro-tan’であった可能性もあるとの示唆を受けて,それは Ci-aruteun の ‘aruteun’ であったかも知れないとのアイデアが筆者に浮んだ。因みに Ci-aruteun の Ci- は“水”を意味する接頭符である。Ci-aruteun はタルマナガラ時代の石碑何点かが発見された村の名であって,筆者は,その村で王宮または巨大な建物使われたと目される多数の大きな礎石を村長氏から見せて貰ったことががる。このことから,筆者は A-lo-tan 即ち現在の Ciaruteun は 嘗ての タルマナガラ王国の都であって,呵羅單國 (A-ro-tan 國)はタルマナガラの異名であったと結論した。

(2)

  もう一つ謎の国に,舊唐書(10世紀中葉)に,悉莫女王 (Queen Sima)を戴くと記録された訶陵國というのがあった。これは以前はHo-ling 國 または Ka-ling 國 と写音されていた。筆者は,西ジャワのチレボンで,それぞれ16世紀および17世紀の編纂された史書,Carita Parahyangan (パラヒアンガン物語) および Pustaka rajya rajya i bhumi Nusantara (列島列王記) にケリン王国(Keling Kingdom)に関する詳細な記述があるのを見付けて大いに驚いた。それには,悉莫女王の人生,夫および子孫,スマトラのスリヴィジャヤ王国との関係が含まれていた。

 

ジャワ史年表

これも『ジャワ探究:南の国の歴史と文化』からの引用である。ジャワ島は有史以前からニつのエスニック・グループ,スンダ人およびジャワ人によって,Tanah Sunda (スンダの地, 西ジャワ)および Tanah Jawa (ジャワの地,中部および東ジャワ)に棲分けられ,近世に至るまで彼らは互いに疎遠であった。この事実により,歴史的事象は二つの欄に分類されている。猶,この年表は西暦1世紀から1945年(インドネシア独立宣言)までをカヴァーする。

 

 

III. 古代ジャワにおける王統の系譜

『ジャワ探究』を執筆の過程で,筆者は古代ジャワに勃興衰退した数多の王国間の関係を整理したいと思った。同書で発表した系譜は下記文献から導かれた。

 

 (1)

Saleh Danasasmita, Sejarah Bogor, Pemerintah Daerah Kotamadya DT II Bogor, 1983 (A history of Bogor),

(2)

Atja, Edi Suhardi Ekajati, Pustaka rajya-rajya i bhumi Nusantara Vol. I - 1, Bagian Proyek Penelitian dan Pengkajian Kebudayaan Sunda (Sundanologi), Direktorat Jenderal Kebudayaan, Departemen Pendidikan dan Kebudayaan, 1987,

(3)

Atja, Carita Parahiyangan: Naskah Titilar Karuhun Urang Sunda, Jajasan Kebudajaan Nusalarang, Bandung 1968,

(4)

Sketsalaku, Galuh Karangkamulyan, June 18, 2010, http://sketsalaku.wordpress.com/2010/06/18/4/.

 

本ウェブサイトに載せた改訂版では,下記文献の情報を追加して,ケリン王国,サンジャヤ王国,サイレンドラ王国およびカンジュルハン王国の関係を明らかにした。

 (5)

Edi S. Ekadjati (Ed.), Polemik Naskah Pangeran Wangsakerta, Pustaka Jaya, Jakarta 2005,

(6)

Ayatrohaedi, Sundakala: cuplikan sejarah Sunda berdasarkan naskah-naskah "Panitia Wangsakerta" Cirebon, Pustaka Jaya, Jakarta 2005,

 (7)

 "Raja-Raja Jawa Kuno by Zamrut Khatulistiwa Selasa, 22 March 2011”, http://nusantara-dwipantara.blogspot.jp/2011/03/kerajaan-keling-di-jawa-timur-1.html

この系譜は,過去の文献中に示されたものより遥かに総括的であると信ずる。

 

 

IV. 伝承と物語

『ジャワ探究』の中の挿話を抜出したもので,幾つかのイラストが加えられている。

1.

ジャワ島誕生神話

2.

ロロ・ジョングラン伝説

3.

ジャヤバヤ王の予言

4.

英雄ケン・アロック登場

5.

ブバトの悲劇

6.

シリワンギ伝説

 (1) シリワンギ王物語

 (2) ムンディンラヤ・ディ・クスマー物語

 (3) サンチャンの森の虎

7.

スンダの詩3篇

 (1) チウン・ワナラ伝説

 (2) ルートゥン・カサルン伝説

 (3) ブジャンガ・マニク物語

8.

アルジュナウィワハ

9.

クルスナヤーナ

10.

アルジュナウィジャヤ

11.

スタソーマ物語

12.

ムル・ヤンクン物語

13.

ガルーダ神話

14.

伝説の大砲 - シ・ジャグールまたはキャイ・ストモ

 

 

V. 伝統文化(新規)

「繊維学会誌」72巻, 10-11月号 (2016)  [連載]<文化の伝承―祭り―15> の記事として寄稿した
総説:ワヤン(ジャワの影絵芝居)と派生劇[前・後篇]および同記事の英訳を同誌編集委員長土田亮教授の薦めにより追加する。
8-10世紀 中部ジャワ・マタラムの地に栄えたサンジャヤ朝の後期に発祥したと目されるジャワ特有の影絵芝居ワヤンクリットは,その後に変遷した王朝でも連綿と継承され,15世紀に中部ジャワに誕生して現在に続く新マタラム王朝で高尚な芸術に磨上げられた。その間,演目も古典的韻文詩(カカウィン)のラーマーヤナ,マハーバーラタなどのみならず,時代々々に書かれた物語を包含した。他方,本来,影を意味したワヤンはパペットそのものを見せる人形劇,更には男女俳優の演ずる舞台劇を派生し,所謂「ワヤンワールド」を形成した。ワヤンの上演には共通してジャワ特有のオーケストラ,ガムランがバックミュージックとして演ぜられる。本稿には以下の項目を含む。

1.

ワヤン・クリット初見

2.

ソロ王家主催のワヤン・クリット

3.

ワヤンの発祥と進化

4.

ワヤン・ワールド

(1) ワヤンレパートリーの拡大,(2) ワヤン・クリティック,(3) ワヤン・ゴレック,(4) ワヤン・べべール,(5) ロンタル絵草子,(6) 舞台劇ワヤン・ウォング,(7) 宮廷の舞台劇