11. 仏教説話スタソーマ物語

 

スタソーマは, マジャパヒト期,ハヤム・ウルクの御代にムプ・タントゥラルによって書かれた2篇のカカウィン形式の詩文の一つで,ヒンヅー教が優勢であった東ジャワで書かれた稀な仏教文学です。Zoetmulder 博士の書[1]に拠って,話の筋を追ってみましょう。

 

 「ハスティナの王マハーケツは悪魔共の跳梁に悩まされていた。唯一彼らを打負かすことのできるのは王の息子であるとの僧正の進言を受けた王がジナ(仏)像の前でヨガに励む王妃に菩薩が宿り,王子が誕生する。スタソーマと名付けられた王子は,長ずると,自己の修養が先であると考え,周囲の期待を裏切って王宮を抜出し,修行の途に付く。山裾の村に着くと,女神バーイラウィが現れて,全ゆる邪悪を打破し,人々を病や不幸から解放するための真言(しんごん)を教え,スメル山の隠遁所への道順を示して去る。スタソーマは高僧ケサワに遭って,山頂への案内を頼む。山への途中に隠遁所があり,スタソーマは母方の伯父に当る隠者スミトゥラに遭う。スタソーマはスミトゥラから悪魔王スチロマの履歴について聞く。スミトゥラに依れば,スチロマは一度は降下したジナ(仏)に諭されて人殺しを止めたが,ルドゥラ(破壊神シヴァ)によって不敗の力と,それを占うジャヤンタカの名を与えられた。ある日,彼の食膳に死体から切取った人肉が運ばれた。それは用意された料理が犬に喰われたがための代替であったが,爾来,スチロマは人肉を嗜好し,ポルサダ(人喰いの意)とも呼ばれるようになった。

    スタソーマは,道中で,象の顔を持つ怪物ガジャムカーとナガ(大蛇)に襲われ,更に空腹のため己の子を喰おうとしている雌虎に出会うが,神に助けを得て彼らを悉く調伏して弟子にする。スタソーマは独りスメル山頂に向うが,ジャヤンタの横暴を畏れた神々は彼を引戻して対抗させようと考えた。就中,インドラ神がニンフを送るもスタソーマは惑わされず,インドラ神自ら眩い女神の姿で現れるが,スタソーマの心は揺るがなかった。スタソーマは修行を完了してジナとなったと感じ,彼の任務を意識する。山から降りたスタソーマはケサワと再会,従兄弟でカーシ国の王ダサバーフに遭って,その妹のチャンドラワティと結婚する。二人は,それぞれがワイローチャナ(大日如来)とその明妃ロチャーナの転生であると意識する。スタソーマは妻を伴ってハスティナ国へ帰還,それにはダサバーフも同道する。

    他方,悪魔王ポルサダはカーラ(死神)に100人の王を捧げると誓って先にダサバーフとの戦って負った傷の治癒を得たが,実際に100人の王を捕えて差出すと,カーラから,犠牲として欲するのは唯一スタソーマであると告げられ,ハスティナに向う。ハスティナでは,スタソーマが俘囚となった王たちの救済のために己を犠牲に供するというが,大臣らは戦の準備をする。戦が始り,ポルサダは彼に加勢した2人の王をダサバーフに殺されるも,劣勢を覆す。ハスティナ軍は敗走,村々や聖域が破壊される。遂にはスタソーマが戦場に赴き敵と対面する。シワ(の宿ったポルサダ)が炎を放つと,炎はアムルタ(生命の水)に変ってハスティナ側の斃れた王たちを蘇生させる。彼が矢を放つと,それは花に変る。スタソーマは仏の化身であり,「仏とシワ(シヴァ)は本質的に一体である」がゆえに,傷付けられることがないのである。スタソーマが智挙印の姿勢をとると金剛石の武器が現れ,シワの怒りは完全に鎮まる。シヴァはスタソーマ自身が仏陀であることを知ってポルサダの体から去る。スタソーマの犠牲心を知ったポルサダは畏怖し,彼の心は同情と愛に満たされる。

    カーラはスタソーマが来たのに喜んで条件を認め,百人の王を解放する。カーラは剣でスタソーマを殺そうとするが,剣はスタソーマの体に刺さらない。カーラは龍に変身してスタソーマを喰おうとするが,その瞬間,彼は慈悲と同情の念に苛まれて許しを請い,スタソーマの弟子になる。カーラはスタソーマに善導され,ポルサダとともに僧になる。

    ハスティナでは,死者がインドゥラによって蘇生され,祭典が催される。世界は平和と繁栄に満たされる。時を経て,スタソーマは妃とともに地を離れてジナの天界に帰り,ポルサダもそこでジナ信者として迎えられる。カーラはパスパティ(全動物の主)の地位を得る。ハスティナではスタソーマの息子アルダーナが王位を継ぐ。」

 

    この詩文の随所に仏教とヒンヅー教(ここでは特にシヴァ教)の混淆が見らますが,それはマジャパヒト時代における両宗教の関係,またはそれらの融合した状況を示唆するものでもありましょう。後段の「仏とシワ(シヴァ)は本質的に一体である」[2]の行は,インドネシアの国是,「多様性の中の統一(Bhinneka Tunggal Ika)」の起源であるとされています。

 

 

龍に化けたカーラがスタソーマを喰わんとする図。

バリ島,旧クルンクン王国クルタ・ゴザ宮殿の天井画の一部。転載元:http://balitourismculture.blogspot.jp/2009/08/kerta-gosa.html

 

 

 


[1] P. J. Zoetmulder, Kalangwan, A Survey of Old Javanese Literature, Martinus Nijhoff, The Hague 1974.

[2] インドネシア語テキスト(Abd. Moqsith Ghazali, Djohan Effendi, Merayakan kebebasan beragama: bunga rampai menyambut 70 tahun Djohan Effendi, Penerbit Buku Kompas 2009)からの試訳。「佛陀とシワ本質を異にすると謂ふあり,其れら正に異れど,如何にして識られんや。ジナとシワの真実,單一なり,其れら二分されども同一なり,真実に矛盾あるべからず。」